積翠寺は慶長5年(1600)、佐賀藩祖鍋島直茂公の命により再興され、京都の曼殊院門跡の末寺となって以来【修学院(しゅがくいん)】と号す。肥前国の最北東に位置するため、佐賀城鬼門除け・肥前国安穏祈願寺・三蜜祈願の道場と定められた。
本尊は【不動明王】で、祈る者をことごとく救おうと中央に立っておられる。また、霊験あらたかな【延命地蔵尊】は、家運安穏・女人安産・子孫繁栄・学業成熟・交通安全のご利益があり、特に『子どもの延命守護』においては多くの信仰をあつめ『子育地蔵』として広く親しまれている。
正月や2月の修正会・4月の御経会にも数多くの参拝者が訪れ、4〜5月にかけて樹齢400年を越える四季咲きツツジや多種の花々に境内は彩られる。この時期、参拝者にとって絶好の花見頃となり『桜の寺』としても有名である。